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親にしかできない幸せ英才教育「旬教育」のススメ

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旬教育に限りなく近い手法で育てられた20歳の青年


旬教育に共感はしているけれど、本当にこんな方法でいいのだろうか。
こういう教育法で育てられて、大人になった方が実際にいたら、どんな方か知りたい。
早期教育は、先の見えないものなので、そういう疑問をお持ちの方も多いと思います。
「詰め込まなくても大丈夫」
と言われても、実際に詰め込まれて優秀そうに見えるお子さんを目の当たりにすると、不安にもなるでしょう。

けれども、大丈夫です。
実際にいらっしゃったのですよ。
「振り返ってみると、旬教育に非常に近い方針で育てられた20歳の青年」という人が。

もっちーというこの彼、非常に素晴らしい人格、思想の持ち主であった事から、個人的にメールのやりとりをしています。
そして、どんな親御さんに、どういう方針で育てられたのだろうかと思い、色々と質問をしてみたわけです。すると、驚くべき事に、「旬教育」に限りなく近い手法で育てられていました。

このもっちーと、その親御さんを取材させていただいた記事を、メールマガジンで、2週に渡って特集を組みましたところ、大変な反響でした。
特集を組んだ後にメルマガに登録していただいた方から、
「是非、その記事を見たい」
というご要望が多かったため、こちらにアップする事にしました。

もしかしたら、「もっちーの声」は、あと十何年後かの、あなたのおこさんの声にもなり得るかもしれません。


【もっちーという青年】

もっちーという20歳のこの青年。慶応大学の現役の学生さんです。
この青年とは、大人向けのセミナーで知り合いました。
物の考え方や向上心など、誰かに似ているなぁと思ったら、HPに記載した、私の高校時代の、
「本物の英才青年」達に似ていたのです。

HP記載部分は以下参照

 http://www.taiyonoko.com/syun-2.html

「本物の英才青年」は、決して自分本位でなく、「社会」というものに、自分の時間や能力を捧げながらも、自分自身の事をしっかりとやっていける人の事です。

私のクラスメイトだった「本物の英才青年たち」は、どちらかというと、おっとりとしたタイプでしたが、もっちーの場合は、また彼らとは違い、非常にハキハキしていました。
それでいて、さわやかで、好感度が高く、自分を磨く事を楽しんでいる、学ぶ事が好きという雰囲気が、彼らと共通していました。

このもっちーは、セミナーの時のグループも、懇親会の時の座席も、私とは違った場所にいましたが、懇親会で、私が皆さんの前で、
「旬教育という教育方法を広める為に、HPを立ち上げ、メルマガを発行したいのだ。」
という事を発言しましたら、
「メルマガ創刊の際は、協力します!」
と、わざわざ私のメルアドを聞きに来てくれたのです。
「協力してください!」
とメルアドを聞きにくる人はいても、
「協力します!」
と言って、聞きに来て下さる方は少ないので、私は、大変感激したのを覚えています。

そんなもっちーですが、特に小さい頃からお受験をしてきた、あるいは、そのための訓練のような事を、してきたのではないのです。
学校も中学までは公立で、とにかく、よく遊ぶおこさんだったのだそうです。

小学生の頃は、ゲームだって普通にしていましたし、また、最近流行りの英語だって、5年生くらいから身近な物の単語ですとか簡単な事だけを始めたとおっしゃいます。
(慶応大学の入試の英語は、難易度がかなり高いんですよ。)
決して、すべてのスタートが早かったというわけではありません。

そんな中で、早期教育らしい事と言えば、ひとつだけ、幼児期に、「くもん」に通っておられたという事です。ただ、この「くもん」に関しては、ご本人は、お勉強という意識はまったくなかったのだそうです。
「大好きだったのは、迷路。属に言われるお勉強系も、やったようには思うけれど、それについては、ほとんど覚えていない。」

と言います。

> じゃあ塾(くもん)で何してたんだ。っていうと、
> ひたすら「遊んでた」んですね。


この頃のもっちーにとって、くもんは、楽しい遊びの一部だったに過ぎません。それは、親御さんの態度による影響が大きいのではないかと思います。
「お勉強」を義務にしてしまい、自分が乗り気でない時にも、それを強要されると、子どもは、不快感を感じます。
大人だってそうではありませんか?

けれども、同じ事を、あくまで「遊び」として、多少の事は、目をつむって楽しませる事に主軸を置くと、最終的に「学ぶ」事を嫌いにはさせません。
むしろ、「自分で考える」事が、本人の楽しみにもなると思います。
もっちーを見ていると、正に、そういう気がします。

4歳の若鷹も、時々市販のプリントに取り組みますが、設問が、ただ「○をしましょう。」「×をしましょう。」となっていても、
「好きな色の鉛筆で、お星様に遊びに来てもらいましょう!(=お星様を書きましょう)」
に変えたり、
「○のスタンプをペッタンしましょう!」
「正解にシールを貼りましょう!」
などと、アレンジする事があります。
それは、大抵若鷹が、ちょっと飽きてきているかなという時です。

「プリントの設問には、設問、指示どおりに答えさせなければ意味がない。」
とおっしゃる方もおられますが、
「概念を理解させる事」と、「指示を聞けるようにする事」が目的ならば、

「概念なら、鉛筆で○をするだけでなく、シールを正解に貼っても、つく。」
「指示なら、何色の鉛筆で、どんな形を書きなさいの方が、指示になる。」

と、すべて自分たちの都合のいいように考えます。(笑)

運筆の訓練が...と言われたら、迷路や写し絵、お絵描きやお手紙を書く等、普段の遊びでしている事で、充分できると考えます。
私は、こんな
小さい時期に「学ぶ事を嫌いにさせてしまう事」の方が、損失があると考えています。


話は戻って、もっちーの親御さんは、もっちーの事を以下のような子どもだったとおっしゃっています。

> 幼児期―好奇心旺盛、いたずらが盛んで明るくおもしろい子。
> すごく甘えん坊。

> 小学―マイペースでいたずら、
> 反抗もすごく少々叱られてもへこたれないたくましい子。

> 中学ー観察力が鋭く自分の考えをしっかり持った子。
> 見えないところで努力する根気のある子。

> 高校ー冷静沈着、将来を見据え目標をしっかりもっている。

> 大学ー自立心があり肝が座っている。

そうそう、今のもっちーは、第三者の私から見ても、本当に自立心と向上心があります。
これから、どういう社会人になっていくのか、楽しみです。



【もっちーのご両親】

もっちーは言います。

> ちなみに、「親の姿勢」という点でいうと、
> 僕の両親は「勉強」には、全く口を出しませんでしたね。


もっちーの親御さんは、けっして、子どもを「管理」をしておられたわけではないのです。
また、決して、自分たちに都合のいいように育ててもいないのです。
最大限、もっちーの主張や、したい事を受け入れ、見守ってこられたようです。


> けれど、僕が「中途半端」な行動をしたときの、
> 親の姿勢というのは一貫してましたね。
>
> 小学校4年くらいの頃でしたか、
> 夏休みに毎朝マラソンをする、という決まりのもと、
> 父親と一緒に走りに出かけたことがありました。
>
> でもある日、父親があまりに速くって、
> 途中で投げ出しちゃったことがあったんです。
> んで、とぼとぼ歩いて家に帰ってみると、
> 有無をいわさず投げ飛ばされたんです。
>
> これにゃビックリしましたね。
> 普段無口で、教育にも滅多に
> 口を挟んだりしてこない父が、
> まさか投げ飛ばしてくるなんて・・・。
> 体と心のショックでグァングァンする頭に
> 「中途半端はダメなんだ」という教訓を
> 刻み込んだ覚えがあります。


素晴らしいですね!
これは、普段、子どもに好きな事を好きなだけさせてあげて、細かいことには口出しをしない親だからこそ、効き目があったのだと思います。
普段から、あぁしなさい、こうしなさいと子どもを管理している親が、いくら「ここぞ」という時に叱っても、
「あー、また何か怒ってるな。」
としか、子どもは思わないですものね。
子どもの頃、毎日のように叱られてばかりの私が、そうでした。(笑)

どういう相手に叱られたら「!」となるでしょうか?
普段、細かい事を言わず、いつも自分を受け入れてくれている優しい人が怒ると、とてもいけない事をしたのかなと、叱られた方も、真剣に考えますね。

もっちーの親御さんは、もっちーの自由や主張を受け入れながらも、このような事をおっしゃっています。


> 歳を重ねるにしたがって自我が強くなり
> 色々欲が出てきて自分を通そうとして
> 親を悩ませるようになりますが、
> 自由や権利の主張には
> 必ず責任が伴うということを、口うるさく教育 しました。
> ですから約束を守らないこと、無責任な行動は許しませんでした。


ご両親の教育方針というのは、実に一貫していますし、分かりやすいですね。
これだけは許さないという事を決めて、あとは、見守る
ある程度の年齢になったら、然るべき責任も、本人にきちんと取らせる。
勿論、昨年までは、もっちーは未成年でしたから、実際には親御さんが、すべての責任を負うという覚悟はしておられた思いますし、実際そうされたきたのではないかと思います。

親というのは、ついつい余計な事や、叱らなくてもいいような「体裁」を繕うために叱る事があるものです。その割りには、本当に周りに迷惑をかけた時や、社会的ルールに従わないような時に、きっちりと叱る事ができないこ事が、多いように思います。
それは、親自身が、社会的ルールを破っている事に、気付いていない場合が多いからですね。
特に交通法規など、いかがでしょうか?
赤信号でも、車が来ていないからと渡っていませんか?
横断歩道でない場所を、平気で横断していませんか?
こういう親御さん、意外と多いんですよ。



【両親に対して もっちーが思うこと】

> 僕がそもそも自分で「考え」るのが好きで、
> 指図されるのが嫌い、というのをわかってたんでしょう。
> 今も昔も、思ったことを自由にさせてくれる
> 親には本当に感謝しています。


近隣にある、独特な知能教育をしている幼稚園・小学校の校長先生が書かれている書籍を学校訪問の時にいただき、読ませていただいた事があります。
その中で、「英才児の特徴」として、もっちーも挙げていますが、
「指図されるのが嫌い」
というお子さんが多いのだそうです。

「自分で考えたい。」
「自分が思ったように、してみたい。」

そういう感覚の持ち主です。

これは、集団生活に馴染む事ができない「わがまま」とは、ちょっと違うのですが、安易に見てしまうと、それと紙一重に見えてしまったりもします。
特に親から見ると、
「言う事を聞かない。」
「反抗的だ。」
という見方になってしまうわけですが、是非とも、このあたり、親御さんは、
「こだわり」なのか、「わがまま」なのかを見極めていただきたいと思います。
そして、それが「こだわり」だと思えるのなら、それを生かしてあげて欲しいと思うのです。

前述の先生がお話してくださった事です。
電車が大好きな男の子がいました。
色々な種類の電車の名前を覚え、その特徴をこと細かに言う事ができ、寝ても冷めても電車で遊んでばかりいたのだそうです。
親が、そろそろひらがなや足し算を覚えさせたいと思い、プリントを買ってきても、なかなか興味を示しません。

ところが、小学生になったと同時に、このおこさんの親御さんは、「勉強をしない我が子」に業を煮やして、電車の玩具をすべてしまい、壁にはあいうえお表、足し算表など、視界に「お勉強」に関する事だけが入るようにしたそうです。
その子は、どうなったと思いますか?

ますます勉強からは遠ざかりました。

そのお話しを聞かれた時に、校長先生は、すぐに反論されたそうです。
「好きな遊びを、とことんさせてあげる事が一番集中力をつけ、知能を伸ばすんですよ。」
と。

大量にある車両の名前を覚えてしまうのは、素晴らしい記憶力ですし、電車が好きなら、その停車駅からひらがなや漢字に興味が行くかもしれないし、日本地図に興味を示すかもしれない。
また、場合によっては、時刻表にも興味を持って、数や時間にも興味を持つかもしれない。
どんな遊びでも、そこから知的な事に発展していく事ができるのに、一番好きな遊びを取り上げてしまっては勿体無いという事でした。
お勉強=プリントと安易に走ってしまわずに、遊びの中から学べる事を見つけて、それを伸ばして欲しいという事です。

そして、「英才児の母」となった人たちの特徴として、みな一様に、他人のお子さんが何が出来るなどの「進度」にはあまり興味がなく、非常にのんびりしておられ、我が子が好きな事を、好きなだけさせてあげて、それを優しく見守ったり、それを発展させる手助けをされている方が多いと書かれていました。


我が家の場合も、若鷹が、取り組みを自分でアレンジしてしまって、本来の方法で、きちんと取り組むことが出来なかったり(←ほとんどがそうなんです。)、工作でも、与えられた材料で、自分がイメージしたものを作りたくなるという事が多く、心配した事があります。
「そうじゃないのに。。。」
と言いたい気持ちを抑えて、ある程度は好きにさせてきたと思っていますが、それでも、まだまだ枠にはめてしまっている部分があるのではないかと、時々反省したりもします。

実は、もっちーの親御さんも、もっちーの反抗や、頑固さには、手を妬いたとおしゃっています。
しかし、それさえも
「この子は、一本(心に)芯が通っている」
と捉え、それを長所として伸ばす方向で育児をされたのだそうです。

もっちーの親御さんに、
「幼児期と小学校の特に低学年の時期、育児や教育において、家庭で特に気をつけられた事は何でしょうか?」
と伺いましたら、


> 個性、好奇心の目を摘まない事

と答えておられます。
前述の校長先生と、同じですね。

もしもあなたのおこさんが、なかなか親の思い通りにいかないというおこさんでしたら、これを読んだら、もう嘆く必要はないですよね。
むしろ、喜ぶべきです。
もしかしたら、あなたのおこさんは、この校長先生のおっしゃる「英才児の素質」を持ってるのかもしれませんよ。



【もっちーが語る「子ども」の立場からの早期教育とは】

> 僕はやはり、幼児期は何といっても
> 「遊ぶ」ことから始める必要があると思います。
> 「遊ぶ」のって、実際何よりも頭使うんですよね。
>
> ・鬼ごっこなり、缶蹴りなりしても、
> 自分達が面白い様にルールを考える必要がある。
>
> ・秘密基地を作るにしても、
> 自分達が使いやすいように配置を考える必要がある。
>
> ・壊れたラジオで遊ぶにしても、
> 遊んでいるうちに「直してやろう」と工夫を凝らす。
> (有名な機械工など、こういう遊びが
>  発起点となっている例が驚くほど多いです。)
>
> 僕はこういった「遊び」をたっくさんしました。
> だから「考える」ってのが苦じゃなかったんですね。
> それが、中学2年になり、ふとしたキッカケで勉強を始め、
> 一気に伸びることになった理由かと思います。

> 何をするにしても「本気」で、
> やる子どもって本当に伸びると思います。
> それが遊びでも、スポーツでも、楽器でも、
> 恋愛でも…なんだっていいと思います。

> とにかく、本気で悩んで、考えて、行動してみる。
> それでうまくいけば、もちろん
> 成功経験としても刻み付けられるし、
> 例え失敗であっても、本気でやったなら
> 数多くのことが学べると思います。

> どこかで一歩ひいた自分像を作って、
> 「ふふん」とクールに眺めるような
> 子どもにだけは、なって欲しくないと思います。


以上

きちんと遊んでいる子どもは、すごく頭を使います。
ただ、現代の子ども達は、テレビやゲームなどの、受身の事ばかりしていて、能動的に頭や身体を使って遊ぶ事が少ないように思います。
だから、「考える力」が育っていない。
きっと、考える事が面倒臭いのですね。

自分の事を考える事すら面倒だから、他人の気持ちなんて、もっと考えない。
それが学力低下の原因であり、少年犯罪の低年齢化であると、私は思っています。

旬教育が
「情報を取捨選択できる能動的な子どもに育てよう、そして親自身もそうであろう!」
と提唱しているのは、正に、この事を指しています。

もっちーが話してくれた


> あくまで「遊び」の中に「学び」が、
> 「学び」の延長に「お勉強」があったということでしょう。


この言葉、子どもの立場の感覚をよく表していると思います。
幼い子どもには、こういう説明はできませんが、感覚としては、まったく同じではないかと思うのです。

また、今の親は、先回りして、子どもにレールを敷いてしまいがちです。特に教育熱心な人ほど、子どもに失敗させたくないという傾向があります。
しかし、それでは
子どもが本当に困った時、自分で考える力が育っていなければ、もし親がそこにいない場合、自分で解決できないですよね。
試行錯誤の末の失敗、そして、それを次に、どう生かしていくのか考えさせる事、とっても大切な事だと思います。

このあたり、元プロテニスプレイヤーだった、松岡修造氏も同様の事をおっしゃっています。
私が、もし機会があるのなら、一度
「子ども時代にご自身が受けた教育や親御さんの事について」
お話しをしてみたいと思う方のひとりです。



【自分の子どもにどんな人間になって欲しいのか?
  そのために、親が取る姿勢・態度は どうあるべきか】


メルマガで、2週に渡り、親御さんに自ら考えていただく命題として、

「あなたは、自分のお子さんに、どんな人間に育って欲しいですか?」

という宿題を出しました。
メルマガでもご紹介いたしましたが、色々なご意見、考えがあり、親の期待をただ押し付けていたという反省や、自分は一体子どもにどうあって欲しいと思っていたのだろうかという、自分自身を振り返るきっかけになったという方もいらっしゃいました。

私が、
「若鷹に、どんな人間になって欲しいか?」
と聞かれれば、おそらく
「どんな状況にいても、人生を楽しみ、自分なりの幸せを見つける事ができる人間」
と答えるでしょう。

もっちーは、子どもの頃、
「とにかくたくさん、色々な遊びをした。その中で、どうやって遊んだら楽しいか、ルールや遊びそのものを一生懸命考えた。それが今の自分に繋がっている。」
と言っています。遊びの中で、たくさんの事を学んだと言います。
これは、親御さんが、もっちーにレールを敷かず、「型」にはめなかったからこそ、出来た事です。

もっちーの親御さんは、
「親が口出しをしなくても、この子は大丈夫だろう。」
と思っておられたと言います。
その確信は、どのあたりから持つ事が出来たのかを伺いましたら


> 確信は生まれた時から!
> いつもこの子は天才と思っていました。(親は皆バカなのです。)
> 頭の回転が速く要領が良い。負けず嫌い。
> 頑固(心が一本通っている)。
> 低学年のうちに勉強の習慣が着いていた等。


というお答えが返ってきました。
これを見て、単に、やっぱりもっちーが、もともと頭が良くて、自分から勉強をするお子さんだったからなんだと、安易に思わないで下さいね。
私は、この言葉の奥に、大変深いものを感じました。
それは
親の方が、まずは全面的に、子どもを受け入れ、信頼する。」
という気持ちです。

もっちーの親御さんにとっても、育児は、すべてが順調、思い通りだったわけではないのです。
それを親として、どう前向きに考えたか、どう子どもを生かす方に考えたかという事です。
もっちーがもし、詰め込み式の勉強を強いられて勉強し、親の管理下にいる子ども時代を送っていたら、今のもっちーはないと私は思うのです。
取組みが...英語は幼児期から...絶対音感が...なんて、もっちーの人生には、どこにもありません。
それでも、こんなに立派な青年に成長しているのです。


親が子どもに対して、あえて、手を差し伸べずにいるという事は、なかなか勇気がいる事です。
先日、「ファィンディング ニモ」を家族で見ました。
そのニモのお父さんに、現代の親像が見事に重なりました。
「広い海は危険だ。」
と、子どもを、自分の目の届く狭い枠の中で育てるよりも、
「失敗したっていいさ。思いっきり冒険しておいで!」
と心配な気持ちに敢えて蓋をして、子どもを大海に送り出す、親になりたいものだと思いました。

一般的な早期教育をしている方に多いのが
「職業選択の時に、選択肢を多くして、望む職業につく事ができるようにしてあげたい。」
という意見です。
けれども、それは、遊ぶ時間を削って、早期に何か特別なことを始めなければ、叶えられない事でしょうか?
また、逆に、早期に始めさえすれば、叶いやすいのでしょうか?


親が良かれと思っていても、本人の志が違う所にあれば、「押し付け」以外の何ものにもなりませんし、途中で息切れしてしまいます。
しかも、親があれこれ想定するのは、基本的に「学問」や「お勉強」を必要とする職業の幅です。
しかし、子どもは実は、芸術方面で幅のある選択肢の方がよかったかもしれないし、料理の世界で「和食」「フレンチ」などと、選択肢を多く持ちたかったかもしれない。
あるいは、技術者の資質があって、小さい頃は工作や発明に懲りたかったかもしれない。

これは、子どもが実際に大きくなってからではないと、分からない事です。
そして、子どもが小さい頃に興味を持ったり、好きでしている事というのは、やはり将来の職業や生活に、ある意味繋がっていく事が多いように思います。
何かに秀でている人や、その道で「一流」と言われる人の、子ども時代を振り返ると、必ず、何かそういう成功、職業に、繋がる事があるようです。


子どもには、親でも立ち入る事のできない、子どもの人生があります
そこに、はじめからレールを敷いてしまう事は、子ども自身がつかもうとしている選択肢を、もしかしたら、狭めてしまう可能性だってあるのです。

あなたも、子どもにとっての「本当の意味での幸せ」を考えてみませんか?