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親にしかできない幸せ英才教育「旬教育」のススメ

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「躾」とは?

この躾につきましては、メールマガジンを発行されている保育園の園長先生から、 0〜3歳の時期の躾について、寄稿のご依頼をいただいたため、「旬教育」のメーガジンでも 取り上げたもので、それ以降の時期の躾についても、書き足して記載しています。


躾とは、社会のルールや他人に対する思いやりの心や行動を育んで行く事が できるよう親が導いてあげる事ではないかと思います。

旬教育では、子どもがそもそも持っている「摸倣する」という性質を生かし て、一番の摸倣の対象になる「親の行動」「意識の持ち方」について、「能 動的」な姿勢を作る事、そして何事もプラスの思考をしていく事を提唱して いますが、躾についても、まったく同じ事が言えると思います。
大人の行為を摸倣していく事で、子どもはルールを覚えていくのです。

ですから、この時期の子どもに対する躾は、周りの大人や親御さんの行動の 仕方そのものが、社会のルールやマナーを守り、相手への思いやりや気配り が出来ているかを考える必要があると考えます。
その上で、子どもが本当にいけない事をした時は、相手の悲しい気持ちを口 にした上で今度は、それと反対の行為を親がしてみせる事によって
、「快」 の気持ちへ導く声かけをして差し上げて欲しいと思います。

禁止事項やお行儀よくしなさいという親からの要求が、多すぎるという事は ないでしょうか?
いざという時に、親の一声でハッとさせるのは、普段の生活に禁止事項が少 ないという事がまずは前提になります。

あれもダメ、これもダメが多いと、ここぞという時に大人が

「これは絶対にいけないのよ。」

と声をかけても、子どもはいつもの「ダメ」と同じレベルにしか感じません。

勿論本当にいけない事というものは、子どもがどんなに幼くてもありますし、 親は、それを子どもにいけない事なのだと示さなければなりません。
けれども大抵の場合、そこまでではない、ただの子どもの成長過程における 悪戯であったり、大人の都合で困る事を禁止したりしている事が、案外多い ものです。

七田眞先生は、
「それを許せば、心が悪くなるもの」だけを毅然と否定すれ ばよく、わらべわざ(前述の成長過程における悪戯などの事)については、 きつく叱る必要はないとおっしゃっています。 あなたのお宅では、どうでしょうか?


思えば、私は若鷹が赤ちゃんの時から、結構禁止事項が多かったのかもしれ ないと思います。

0歳1歳という時期の子どもがしでかす事は、ゴミ箱をひっくり返して中身 を分析したり、ティッシュを何枚も箱から出してしまうなど、大人にとって は実際は都合の悪い事ばかりです。
しかし、これは赤ちゃんなりの探究心であり、分析なのです。こういう大人 から見ると悪戯に見えることについては、叱ったりそれを取り上げたりする 必要はないと考えられるようになったのは、若鷹が1歳を過ぎてからだった ように思います。

ある意味、赤ちゃんがする可能性のある事については、されてもいいような 環境を整えてあげる事、ティッシュの箱は余分に買っておく、赤ちゃんが過 ごす部屋のゴミ箱には危険なものは入れないなどの対処をしてあげればいい のだと気付き、そして割り切り、ティッシュの箱を何箱も空にさせました。
その時の写真が残っていて、その写真の中のティッシュの山に埋もれている 若鷹は、とても満足げでこれ以上はないという笑顔をしているのです。

一時の事です。やがてこういう悪戯からも、本当に卒業していきました。



「快」の気持ちへ導く声かけを」 というのは、 例えば、子どもが他のお子さんのおもちゃを取り上げてしまったら、

「せっかく遊んでいたのに、悲しいってよ。」

と、首を振りながら相手の気持ちを語った上で、

「一緒に遊びたかったんだよ。ごめんね。」

と相手のお子さんに親が詫びてみせ、きちんと返します。

そして、我が子には

「返してくれてありがとうってお友達喜んでるね。うれしい!うれしい!っ  て。○○ちゃんは、きちんと返せてエライ!」

と誉めて抱き締めてあげましょう。


4歳も過ぎればだんだん物の貸し借りや人が使っているものは、貸してと言 ってから借りる、順番がくるまで我慢をするという事が、自発的にできるよ うになってきますが、3歳くらいまでは、まだまだ 「自分の目的物は、自分が使うもの。」 という感覚で、トラブルになったりする事も当然多いものです。

相手から奪った物をまた返す事によって、我が子は当然泣き出す事でしょう。 けれど、それは悔しい気持ちの表れで、外に発散すべき感情です。
使いたい玩具も我慢、泣く事も我慢では、ただ「不快」だけが残ります。

ですから、せめて泣く事は認めてあげて、ひたすらきちんと返した事を誉め 続けます。

大抵この時に、他に替わりの物を与えるとまた落ち着いて遊び出しますが、 我が家の息子のように執着心が強く(笑)、どうしても返した玩具に未練が ある場合は、思い切ってその場から離れて別の場所に移動し、別の事で興味 をひきます。

それでも泣き続けているかもしれません。
あとは、ただ、泣きやむのを待ってあげてください。

暴れたりママを叩くかもしれませんが、それに対しては決して怒らずに、た だ毅然と待ってあげて欲しいのです。
子どもは自分の中で悔しい気持ちが浄化された時点で、必ず泣きやみます。 改めて子どもが落ち着いたら、きちんと目を見つめて抱き締めてあげながら、 きちんと返した事を誉めてあげてくださいね。

叩かれて痛かった場合も、冷静に

「ママはとても痛かったから、次からは叩かないでね。」

と諭せばいいのです。

子供が意図的に「叩いてやろう」と思って叩いたのであれば、それはいけな い事だとしっかり叱るべきですが、こういうケースでは、子供は自分の感情 をどうしていいかわからずに、身体を使って悔しい気持ちを表現しようとし 、その結果として何かにぶつけた。
それがたまたまママの身体であったとい うような場合が多い
と思うのです。



また、こういう話をする時に、 「あなたは...」 と子ども(相手)を主語にせず、
「私は...」 と自分を主語にして、自分の気持ちを相手に伝えるのです。
誉める以外のこういう場面で 「あなたは...」 と子どもを主語にしてしまいますと、どうしても子どもの欠点が次に続いて しまいます。
おまけに 「この前も...」 と過去の話まで、ついつい持ち出してしまいがちです。
加えて、叱っているうちに、だんだん怒りが増してきて、 「若鷹の事がキライよ!」 とまで、私は口走ってしまった事さえあります。

叱る時には、した「行為」だけを叱るという鉄則があります

あくまで、

「私は痛かった。」

「私は悲しかった。」

「私は困った。」

と、自分がこう思ったので、こうして欲しいと伝えるのです。

それを始めてから、ある意味主語が自分であるという事から、相手の行為よ りも自分の気持ちを口にするようになり、怒りが増してという悪循環からは、 随分解放されてきました。
声を荒げたりする事はありません。この時期の子どもに対して「叱る」とい う事は、手を握り、子どもと同じ高さに視線を合わせ、まっすぐに目を見詰 めて気持ちを伝え、子ども自身にもどうしていけないのか、どうすればよい のかを考えさせる事です。

大人である私達は、ただ、いけない事をした行為について、毅然とした態度 で示してあげればいいのです。
勿論親も人間ですから、うまく対処できない事もあります。 私も厳しく叱りつけてしまった事も、たくさんありました。
けれどもそんな時、若鷹はやはり激しく口答えをしたり、私に攻撃的になり ます。
おだやかに毅然と話しをすれば、どんなにその時泣いていても、最後には非 常に素直に聞き入れるのです。

若鷹のこの態度が、どうすればいいかを私に教えてくれている、そんな気が しています。


「不快」の感情も、「快」の感情も、どちらも幼い子供はすぐに吸収してし まいます。

勿論生きていく中で、不快な感情というものは、一生避けては通 れないものですし、そこから忍耐も生まれていきます。
しかし、それは次の段階の話で、まずは「快」の刺激、そして心地よさを充分に与えてあげて欲しいと思います。

小さな子供に、大人やこれから自分達が生きていく社会というものに対して 安心感をしっかりと植え付けてあげる事が、親や周りの人間を信頼する事に つながります。
そして、その後の好奇心やチャレンジ精神を引き出す
のです。 そして子どもが成長していく中で、段階を経て、その子どもに合った我慢で あったり厳しさというものを大人は教えていけばいいと思うのです。

ベースにしっかりとこの「快」を知っている子どもは、きちんとその厳しさ を理解していく事ができると思います。

お友達と仲良くする事の心地よさや、我慢できた事への自分への誇りという 「快」の感覚がなければ、親や大人がいない時には、それができないという 事になります。

「ママがダメと言うからしない。」
「先生がそうしなさいというから、した。」

では、本当の思いやりの心はや自制心は、育たない
のです。

生活習慣も、
「言われるからする。」
では、本人に取って面倒な事であれば、親の目がなければしないでしょう。

「手や顔を洗ったり歯を磨くと、サッパリして気持ちいい。」

という感情が育っていなければ、それをしなさいと言う人がいなくなったら、 途端にしなくなってしまうのです。


人間はまずは心の底に、安心感がなければ行動を起こしたり思った事をやっ てみようという勇気が出ないものです。
大人でもそうではありませんか?

幼いこの時期にこそ、親御さんがしっかりとお手本になって、プラス思考の 声かけをしっかりする事で、躾は充分できると思います。



また、躾については、0〜3歳くらいまでの、起きた事、経験した事をそのまま受け入れる時期と、物事の因果関係やその場の状況を説明してあげるとある程度判断できるようになってくる、幼児期とでは、少し違ってくるように感じています。

0〜3歳くらいまでの、起きた事、経験した事をそのまま受け入れる時期には、何事も、子どもに取っては一定の法則なり、ルールとして認識されます。
「パターン」という言葉が、この時期学習面でも使用される事が多いのですが、この時期の子どもは、物事のパターンを認識して

「こういう時にはこうだ。」

「これをする時の順番は、これが先だ。」

という認識の仕方をしていきます。

靴を必ず右の足から履くとか、必ず同じ道を通って帰らないと機嫌が悪くなるというのは、この時期の特徴のひとつだと思います。

躾についても、この時期は、「例外」や「臨機応変」は、子どもには理解できないものです。
ですから、この時期の躾は、いささか大変ですが、一度決めた事は必ず同じ方法で行う、ルールをなるべく変更しないという事が大切になってきます。


反対に、左脳が発達してきて物事の因果関係が理解できるようになってからは、臨機応変も可能かと思います。
例えば、8時までに片付けが終わり、寝る準備ができれば絵本を読むけれども、8時を過ぎたら読まないと決めている場合、

「お約束の8時という時間を過ぎてしまったけれど、今日は、ママがお夕飯を作るのが遅かったから、1冊だけ読みまょう。」

というケースや、逆に、

「8時を過ぎたから、今日はもうこれ以上絵本は読めないよ。それがお約束だから。」

というケースがあっても、徐々に対応していけると思います。

但し、
約束をあるケースで変更する場合には、必ず、変更する事になった「理由」を明確にしてあげる必要が、まだこの時期にはあるように思います。

前述の場合は、

「ママが夕飯を作るのが遅くなったため、その後の時間がずれ込んで、遅くなったから。あなたは通常どおりのすべき事をしていたから。」

という部分がそれにあたります。

理由なく、日によって、8時過ぎても絵本を読んでもらったり読んでもらえなかったりというのでは、まだ混乱します。


子どもが成長していくに伴って、躾ひとつとっても、その受け取り方や、適した方法は違ってきます。
これに、また、本人の性格や各ご家庭の生活スタイル、価値観などが加わり、多種多様な方法が生まれるでしょう。

ご家庭にあった方法で、その段階において必要な事をきちんと子どもに明示してあげる事が、一番分かりやすいのではないかと思います。