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親にしかできない幸せ英才教育「旬教育」のススメ

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その時期に優位な子どもの能力を使って「楽」しよう!


早期教育を知った私は、他にも色々な教育方法がある事に興味をもち、色々な書籍を読み漁りました。
七田、モンテッソーリ、シュタイナー、公文、陰山式、石井方式、三石メソッド、発達心理学、フレーベル、知能因子理論他多数。
まずは教育に「○○式」という方法が大変多くて、驚きました。(笑)
いずれも独自の教育法としてのスタンスをとっており、大変興味深いものでした。

ただ、
自分がいいなと思うものは、ひとつの方式には当てはめられないという事態が起きました。
また、いいと思う事を実践しようとしたり、いけない事を言い聞かせようとしても、肝心の若鷹が、拒否反応を起こします。

息子である若鷹は、赤ちゃんの時から、自分の意志をハッキリ伝えるという事が、本能的に出来る子でした。
今でもそれは変わりません。
それが正しい、正しくないという事とは関係なく、自分がこう思ったらこう、こう聞こえたからこうなのだという頑固なところがあり、なかなか自分の間違いを認めませんし、素直に
「ふーん、そうなんだー。」
と、「適当」なまま、終わる事がないのです。

それでも社会のルールなどは、いけない事はいけない事として、きちとん教えていかなければなりません。
それを言い聞かせる ⇒ 聞かない ⇒ 泣く ⇒ また言い聞かせる、の繰り返しでした。
正直、かなりしんどいと思いました。

が、3歳のある時、なぜいけないのか、ようやく自らが相手の立場に立って、考える事ができた時に、
「○○だから、これはこうした方がいいんだねぇ。」
と自分から言ったのです。

私はこの時に、
「(脳のシナプスが)繋がった!」
と、大変うれしく思いました。

そして、教育も、これと一緒なのだと思ったのです。
色々な経験をたくさんさせて、それを失敗しながら繰り返していく。
そして、ある時にそれが「繋がって」理解する。
そして定着していく。
このシナプスが細かく伸びて、しかもたくさんあれば、シナプス同士が繋がりやすい。
早期に必要な教育とは、この細かいシナプスをたくさん作ってあげる事なのだと思ったわけです。

「○○式」と名のつく教育法に関する書籍を読んでいると、たくさんの成功談や、素晴らしいおこさんの成果を書き連ねてあります。
「こうすれば、誰でもこれくらいの事ができるようになります」と書かれていますが、自分の子どもはいつまでたっても同じにはならない。
当たり前なのです。
子どもひとりひとりの成長のスピートも興味の対象も違うのですから。

ただ、そこで
「なーんだ、本に書いてあった子たちは特別なんだ。」
とさじを投げてしまうか、本に書いてある事は出来なかったけれど、うちの子はこれができるようになったと、うまく子どもの成長を発見して、それを伸ばす努力をするか、これが、後々大きな違いとなって、現れてくるのは事実です。

色々な角度から子どもを見つめてみると、意外と気付かなかった事を発見する事と思います。
書籍などで、
比べるのは他の誰それではく、比べていいのは、昨日までのその子自身なのだと言いますが、その通りだと思います。
そして、それを親の方が、素直に受け入れて感動していると、驚くほど子どもが変わりはじめます。
○○式にこだわりすぎず、自分と子どもにとって、必要な物を、必要な部分だけ、「良いとこ取り」する、これが一番いいのではないかと思うのです。

乳幼児期には、「覚えさせる」必要はないのです。
そんな事しなくても、その時、子どもが必要としている事は、自ら覚えてしまいます。
乳幼児は、ちゃんと情報の取捨選択をしているのです。
だから、「詰め込む」事はしなくていいのです。
現在批判されている「詰め込み教育」とは、正にこの左脳に詰め込む事を指していると思います。

そうではなく、この時期に優位とされている、右の脳に「聞かせる」「感じさせる」事を、主体にしていけばよいのだと思いました。
今は選択しないで捨てた情報も、繰り返し右の脳に「感じる」「聞く」事によって、必要な時期がきたら、子ども自身が選択するのですから。

今からお話しする、以下と似た経験はありませんか?

私は高校の社会の選択で、世界史と日本史のダブル歴史といわれる、暗記が大変な選択の仕方をしていました。
ところが、同じように同じ時間勉強しても、「日本史」の方は、満点に近い成績なのですが、「世界史」は、いつも赤点すれすれ。
担任が世界史の先生でしたので、大変申し訳なく思っていました。
なぜなのか当時はまったくわからなかったのですが、最近になって思いました。

日本史の場合、初めて出てくる言葉でも、なんとなくそれに関連した言葉や、似た言葉を、日本語の中で聞いていた事があり、無意識のうちに、それと関連付けて覚えていたために、理解がしやすかったけれども、世界史はいわばカタカナのオンパレード。
聞いた事のないカタカナをいくつも並べられれば、その言葉を覚えるだけで精一杯。
理解するのはその次の段階の話になってしまいます。

例えば「マルクス・アレリウス・アントニヌス帝」など、聞いた事があれば、意外とすんなり頭に入り、短い時間で歴史上の立場まで理解できるかもしれませんが、初めて聞いて覚える場合には、大変な苦労を要します。
名前を覚えるだけで精一杯。
どこの国の、何をした人かまで覚えるのには、相当の時間を費やしてしまいますよね。

子どもの右脳に聞かせる、感じさせるというのは、そういう事なのです。

「聞いたことある。」
「なんかこの感じ、知ってる。」
だけでいい
のです。
もしも完全に忘れていて、「聞いた事がある。」と思わなくても、不思議なもので、一度でも耳にしていれば、一度も耳にしていない人よりも、短い時間で覚えられます。
あるいは、一度覚えたら忘れにくくなります。

右の脳に「聞かせる」という言い方をしましたが、実際は子どもに聞かせようとすら思わなくていいのです。
子どもが全然聞いていなくて、まったく他の事をしていてもいいのです。

生活をしていると、周りには色々な「音」が存在します。
その音、つまりはBGMとして考えればいいのです。
親が豊富な語彙で自分自身に呟いたり、ひとり言を言ったり。
それを子どもの右脳は、潜在意識(無意識)の中で、きちんと聞いているのです。

ポール・R・シーリィ氏、および教育心理学博士であるウィン・ウェンガー氏によれば、脳は1秒間に約1000万ビットの情報を処理すると言います。
ところが、左脳(顕在意識)の1秒間の可能処理容量は、たったの40ビットなのだそうです。
「視覚」「触覚」「聴覚」等の感覚の1秒間の処理情報は、それぞれ1000万ビット、100万ビット、40万ビットで、これを40ビットの左脳で処理する事は出来ないのです。

対して右脳(潜在意識)は、約1000万ビットの情報を処理する事ができると言われています。
右脳教育の学習方法で、その特徴として、
「潜在意識(無意識)に働きかける」
という事があります。

赤ちゃんが母国語を習得する環境を考えれば、お判りいただけるのではないでしょうか。
ママは、赤ちゃんに言葉を覚えさせようとして、何か特別に取り組む事はほとんどないはずです。
赤ちゃんに、
「わぁ、きれいなお花が咲いているね。○○ちゃんのほっぺと同じ、ピンク色ね。」
など、ただ、大量な言葉を語りかけているわけです。
これらを赤ちゃんは右脳で処理し、あっという間に母国語を習得してしまうわけです。


「教えよう」「覚えさせよう」と思うから、覚えないとガッカリしてしまうのです。
「この前教えたのに。。。」
と、ムッとしてしまうのです。
教える事も、理解する事も、左脳への働きかけになります。

では、右脳にそんなに素晴らしい処理能力があるのであれば、右脳教育にだけ力を入れればよいのか聞かれれば、答えは勿論「ノー」です。
いくら大量の情報を処理できたとしても、それを何らかの形にしなければ、処理した情報の内容が分かりません。
処理した情報を、その形にするのが、「話す」「書く」などの、いわゆる出力(アウトプット)という行為です。
どちらもそれぞれ必要な役割を持っているのです。

出力というものは、ある程度成長してからでも、正しい導き方をしてあげれば、できるようになります。
右脳優位だった乳児が成長するにつれて、左脳で処理をするようになり、7歳くらいにはそのバランスが左脳優位に傾くといわれています。
実際、大人の場合、ほとんどの情報処理を左脳が行っており、右脳で処理する事は、わずか10パーセント未満なのだそうです。

例を挙げますと、大人になればなるほど、海外に赴任しても外国語を容易に覚えられませんし、何か新しい事を学習しようと思っても、なかなか覚えられないものです。
対して海外赴任をすると、まっ先にその国の言語を、流暢に使いこなすようになるのは乳幼児です。
いわゆる「才能逓減の法則」は、乳幼児が右脳優位の状態であるがために起きる、当然の現象であり、右脳教育を施した成果ではないと思います。

また、習得するのも速ければ、忘れる事も速いという事も多くあります。
乳幼児に限らず、人間の脳は、必要な時に必要な事を覚えては、必要なくなると忘れるという事を繰り返します。
ですから
基本的には、何でもすぐに忘れるのだと思って下さい
しかし、また再び同じ事を必要とした時に、理解する能力や、思い出すスピードは、回を重ねるほどに確実なものとなっていきます。

それは、情報や経験が、ちゃんと潜在意識の中に残っているからといわれています。
そして、忘れてはまた思い出してという、この繰り返しの行為が、無理やりプリント演習などしなくても、「反復」そのものになります。
キッチリ覚えさせる必要はないとなれば、親の方も肩の力が抜けて、楽しく、しかも楽チンな気がしませんか?

そうです。家庭教育は、「楽しく楽チン!」が、長続きの秘訣なのです。